被災地復興支援ボランティア

  • 2011/04/11(月) 23:00:00

  
 昨日に日帰りですが、仙台市宮城野区まで被災地復興支援ボランティに参加してきました。現地に降り立って感じた事は、1ヶ月前の津波被害の酷さは凄く感じました。広範囲に渡っての復興するには時間が掛かるので、長い長い継続した支援が必要なのを凄く感じました。今回のレポを見て、1人でも良いから自分に出来る事を感じて被災地復興支援に立ち上がって欲しいなとは思います。
 

 
 震災後から数週間、首都圏は余震の体感が減ってきており、東京電力の停電も、気温が上がった事により計画停電が当面は行わない事になり、震災の状態は、原発と共にテレビのニュースでしか見ないことも多くなってきました。しかし、被災地では家を流されて避難所で明日生きる目標等も持てなくなって先を見えない将来に不安を感じている人がたくさんいる状態です。そんな被災地への復興支援を、物資輸送や義援金募集だけじゃなくて、何か出来ないかと思っていましたが、hamatraにて現地支援ボランティアを現地とコンタクトを取って実施出来る形までコーディネイトしていただいたので、約40名の参加者の中の1人として、参加してきました。




○行程


4/10
00:30 横浜駅天理ビル前集合・用具運び込み
01:00 横浜駅発
08:30 仙台市宮城野区・岡田小学校着
08:50 岡田コミュニティセンター 作業
10:20 岡田会館 作業
12:00 昼食休憩
13:00 岡田会館作業
15:00 現地撤収、用具清掃・片付け
16:30 バス到着・着替え
17:00 仙台市宮城野区・岡田小学校発
22:45 横浜駅到着・用具降ろし
23:00 解散
 
○現地作業内容


1、岡田コミュニティセンター
ホール内の汚泥出し・袋詰め・ホールの掃除
センター周りの排水溝上の流木や瓦礫の撤去
泥を撤去した後の水洗いと水拭き

2、岡田会館
ホールまでの通路にあるフェンスや瓦礫等の撤去
ホールまでの道路上の固まった泥の塊を撤去
ホール内の廃棄物の運び出し(ガラス戸、カーペット、ラジカセ、etc)
ホール内の汚泥出し・袋詰め

家庭のタンス運び出し、etc


*上の写真は汚泥のホール内ですが、壁の汚れたラインは、津波の高さです。


○作業詳細及び雑感


 被災地へボランティアで到着した場所は、避難所となっている岡田小学校で、300名くらいの方が津波で家が全壊や半壊して住めなくなっている事で避難しているということでした。自衛隊が炊き出してで来ていたり、仮設の簡易トイレなどをみて、食糧事情や衛生面の問題等を凄く実感しました。
 現地の方の話では、3/11の震災は津波被害が酷くて、4/7の大きな余震での揺れ方は4/7の方が大きかったという事で、津波被害後に復興へ向っていたものが、また最初へ戻った箇所もあり精神的にはかなり辛いという話しをしてました。

 ここから最初に向ったのは、岡田コミュニティセンターで、津波の流入と共にホールに溜まった汚泥と廃物の撤去が必要との事で、泥土をスコップですくってネコ(一輪車)で運んで、外の一箇所へ集めて、それを土のう袋に入れて、縛って袋を体積していく作業で、津波で流れてきた柔らかい黒泥の中に、木屑やガラスや様々なものが混ざっている感じでした。スコップも土のう袋も体力の要る作業でしたが、泥だらけになっていた体育館の床が見えて綺麗になっていくのを感じると作業が急ピッチで早くなった様でした。ある程度泥を運んだら、水道水で水を入れて水捌けで残った泥を外へ流し出していく作業を繰り返していきます。ホール以外の部屋も汚泥を出しながら綺麗になっていくようにして、岡田コミュニティセンターはかなり綺麗になっていきました。

 そして、手が空いた人から、そこから歩いて5分位の岡田会館へ移動していきました。移動するときに周りで見える光景は、建物が極端に少なくて車がありえない方向に向いて放置されていたり、瓦礫が道路の両脇に積み上げられていたり、色々なものが積み上がっていて、中には写真らしきものも見えたりして、心を痛めます。途中の郵便局が建物ごと無くなっていて看板しか残っていないのは愕然としますね。

 移動した岡田会館では、入口からホールまでの道が倒れたフェンスや流れ着いたもので車が入れないからと、まずは色々なものをどかして、倒れて崩れた白いフェンスを倒して根元から折って、それを折りたたんで集積場所へ運び、更に道に溜まった乾いた汚泥の塊をスコップで剥がして両脇へ持っていき、車が入れる道を確保していきます。昼食(購入してきたおにぎり等を食べる)を挟んで、ホール中の汚泥を同じように外に出す作業ですが、ここはほとんど手が入っていなくて、泥と共にテーブルやガラス戸等がいっぱいあり、更に泥の下にはカーペット等もあり、泥の運びだし、袋詰めと共に、廃棄物の外への運び出しなども合わせて行いました。その他も声が掛かって他に作業応援に行ったりする人もいて、自分が見えている範囲で理解しているものだけなので、もっと多くの作業があったのかもしれません。

 帰りの時間的制約も有る中の作業で、岡田会館を最後まで出来なかったのは残念な気持ちもありますが、また次週以降も続くようですので、その機会で考えようとは思います。帰りのバスが到着してからは着替えをバスの外で行ってからバスに乗り込みました。行きも帰りも高速でのバスは結構跳ねる感じで道路のひび割れや隆起などを応急処置で直してあるから走りづらいんだという感じもしました。




 今回作業での服装は、汚れるのを覚悟していたので、つなぎの上にウインドブレーカー上下を着こんで汚れてもいい服装では参加しました。泥にまみれるので、長靴は必須でもありますし、中に履いたサッカー用のロングソックスは重宝しました。水を通さないビニール手袋や泥汚れを吸い込まない防塵マスク、防塵ゴーグルに、帽子やタオルを巻いて頭を保護するのも必要ですね。衛生面を考えて、消毒液とかウエットティッシュとかも持参した方がいいかなとは感じました。

 また、行く前に想像していたよりは、酷くない面もありました。もっと砂埃が巻き上がって目を開けていられないとか、鼻や耳に埃が入り込むとか、魚や海産物の屍骸が多くあり腐臭が酷いとか、瓦礫が崩れて頭に落ちてヘルメットが必須とか、大量の流れ着いたゴミは、人手では到底動かせない重さだったとか、遭難者が目に見える場所にいるとかね。もっともっと凄惨な場面に遭遇するのも覚悟をしていた面はありましたが、今回の場所はそうでは無かったです。日付が変わったりして状況が変わる場合が有りますし、他の場所では、そういう場所もあるかも知れないとは思いますけどね。

 今回は、ホール2箇所のヘドロの撤去や清掃がメインではありましたが、同じヘドロは各家庭の部屋にも残っているでしょうし、街中に残って乾いて堆積しているものは、全てどかさないと、この先の農業やるにも新しく家屋を建てるにも実行に移せないから、まだまだ道のりは長いし、地元の人たちだけでは日々の生活を戻すので手一杯で、それ以上の事をやるには新たなパワーが必要ではありますが、まだまだ続く大きな余震が発生する状況では、そういう作業に人を掛けられない状況ではないのかなと、震災後の1ヶ月経過しても多くのものが片付いていない状態ですから、多くの人の手助けが必要だと思うし、日常の生活を取り戻すのは多くの年月が必要だと思うから、一過性ではない長い期間の多くの人のサポートが必要だとは思います。現場に行って実感しました。

 今回参加したボランティア協力者はそれぞれに色々な事を感じただろうし、その中で自分の出来る事、周りに伝えていく事や発信していく事も大事なのかなとは思います。現地に行かれた協力者の皆様も本当にお疲れ様でした。慣れない作業の疲れはしっかりと抜いて、ヘドロ臭さも抜くようにしていきましょう(苦笑)

 この活動は、次週も続けて行う予定の様です。活動の内容が変わるかもしれませんが、何かしら出来ないかと思っている人は積極的にボランティア参加をお願いします。パワーのある男手が多く必要とされています。よろしくお願いします。追って募集が掛かるかなとは思います。サポーターは色々なサポートの仕方が有るとは思いますが、それぞれが何か出来ないか、出来る事をひとつひとつやっていきましょう。




Football saves Japanによる復興支援遠征バス・ボランティア募集
(FSJ)


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